前回は「行きつけ」という概念が薄れつつあるという話について、私に行きつけができた実体験をつらつらと述べた。
そこでは、コーヒー屋においてコーヒーは結局脇役なのであって、お店に立っているバリスタさんやお客さんがメインである、とお伝えした。
つまり、「人」との「コミュニケーション」があるからこそ、そのお店は「行きつけ」になり得るということである。
今回は、消費者はもっと能動的に消費行動をとった方が良いのではないか、という話をしていきたいと思う。
受動的な消費が増えている
五体満足なのに五体不満足という矛盾
乙武 洋匡(おとたけ ひろただ)さんの著書に、こんな言葉がある。
ボクは、五体不満足な子として生まれた。不満足どころか、五体のうち四体までがない。けれども、多くの友人に囲まれ、車椅子とともに飛び歩く今の生活に、何ひとつ不満はない。
五体不満足(著者:乙武洋匡)
現在人は五体満足であるはずなのに、まるで五体不満足であるかのように、新しいサービスにどんどん目移りをしていく。
要は、満足するハードルが非常に高いのだ。
その結果、そのモノやサービスの本質に目を向けることもできず、次々と目新しいものに上書きされていく。
これが、「行きつけ」という概念が薄れつつある要因の一つであると私は思う。
ではなぜ現代人は五体不満足の状態になってしまっているのか。
それはSNSに原因が隠されていると思う。
SNSが及ぼす影響
スマートフォンやSNSの普及により、我々は常に情報を手に入れられるようになった。
特に今は、YouTubeやInstagram、TikTok等のショート動画が増えたことで、より短い時間で効率的に情報を手に入れられるように。
しかし、楽に情報を手に入れられるようになった反面、それはあまりに受動的だと言わざるを得ない。
目新しい商品やサービスをいち早く知ることができ、所謂「ポチる」だけで簡単にそのサービスを享受できる。
このような社会が「普通」となってしまった今、消費者はどれだけサービスやモノの本質に目を向けてられているのだろうか。
本質に目を向けられていないからこそ、やすやすと目移りしてしまうのではないだろうか。
このようなSNSの影響を大きく受けた消費行動というのは、どうしても受動的になりやすく、結果としてリピートはしづらくなる。
コーヒー屋などの実店舗に置き換えて考えると、「行きつけ」にはなりにくいということだ。
逆に言うと、もっと能動的に消費行動をとることができるようになれば、サービスやモノの本質に迫ることができるのではないかと私は思う。
p.s.
私自身ももっと能動的に動くことができるようにしたいところです。
ではまた次回。